映像制作における演出とやらせ

2019/10/28 ブログ
ファッションショーのカメラ席

先日、ニュースワイド番組でのやらせの問題が発覚して、話題になりましたね。

 

取材先のお店の利用客と偽って知り合いにお客様役をやらせた、と。

やらせたのか、本当にその時はお客さんとして購入したのかは、わかりません。

でも、知り合いなら追跡取材も容易にできますから、欲しかったシーンを欲しいままに収めることができたでしょう。

 

これには、テレビ局側と制作者の関係や、そうせざるを得ない背景などを擁護した記事が出て、叩かれていました。

「マスゴミの言い訳」だと、悪意あるコメントが多々。。。

 

「テレビは嘘つき」「事実を歪曲している」と感じている方が多いのは事実です。

 

この件に限らず、行きすぎた演出で番組が終了となったニュースも最近ありました。

 

演出とやらせ、その線引きはとても曖昧で、制作者に求められる「面白さ」や「意外性」「新事実」のハードルはどんどん高くなっています。

 

日常に、驚くような光景やドラマチックな物語、想像を超えた新常識など溢れていません。

あったとしても、その瞬間、その現場にカメラがあって、よく見える角度から映像が収められているなんてこと、あるでしょうか?

 

そんなタイミングにたまたま遭遇するなんて、あり得ません。

だから、制作者は何度も足を運んだり、事前にリサーチや裏付けを丁寧にして取材に入るのです。

 

しかし、「なんか普通」という理由で、ダメ出しを食らうことが日常となっていると、何かしらの工夫をしなければクビになってしまいます。

その工夫の仕方が、安易に走ってしまうと「やらせ」や「捏造」になってしまうのです。

派手なお祭りを作ってしまったり、編集でスピードをいじってしまったり、知り合いの知り合いに証言をもらってしまったり。

 

こういった安易な逃げは、制作者の間でも腹立たしく、許されるものではありません。

 

それが出来たら、苦労はしないし。

編集や撮影時に、左右から天使と悪魔がささやく葛藤に負けてはいけないと目一杯理性を働かせて制作しています。

テレビ番組に求められる客観性やリアルな真実は、視聴率とコンプライアンスによって、大きく揺さぶられています。

 

どこまでが演出でどこからが捏造なのか、私が大切にしているのは「違和感」です。

 

ちょっとでも違和感があったら、そのままにしない。

コツコツそれの積み重ねです。

 

イケイケドンドンで番組は作ってはいけないのです。

 

ただ、動画制作やCMではちょっと違いますね。

最近、ちょっとうるっと来るようなストーリー性のある動画やCMが流行っています。

ストーリーは、いくらでも作れますし、そこに「ありのまま」は必要ありません。

 

それがいいのか悪いのかはないですが、うちの母は「あざとい」と嫌います。

話がそれてきたので、きょうはこのくらいで。

 

ストーリー系動画やCMの話はまた改めて。